毛玉

 

どこから見ても緑色の毛むくじゃらのかたまりにしか見えない。
怪物ってわけじゃない。僕の友だちだ。

「野球は好きかい?」
毛玉はいつもそうやって唐突に会話を始める。そのくせじっと答えを考えてる僕の様子をうかがっている。
「いや、あんまり。好きじゃないな。」
答える。僕は草の中に寝転んでいる。
ここは毛玉のなわばりで、ここを知っているのは僕だけだ。たぶんこの星で僕一人だ。

毛玉は森に住むなにか知らない生き物だ。何を食べているのか、どこで寝ているのか。僕はなにも知らない。クマに似ている。いや、クマよりムックに似ている。馬鹿らしいけど毛玉はしゃべれる。
僕が毛玉と名付けた。

毛玉はふさふさした毛の間からじっと僕を観察している。緑色の毛がふさふさと風で揺れる。しばらくたってやっと毛玉は口を開く。
「野球は楽しそうだね。とても。」
毛玉はそう言うとなにかを思い出したらしくおかしな声で少し笑った。
「さあね、あんまりやったことないからね。わからない。」
僕は草をちぎって投げた。白い雲が僕の真上にある。飛行機が飛んでいる。

「きみがここでくつろいでいられるのも僕のおかげだ。」
毛玉が3万回目ぐらいの得意のセリフをまた言う。 僕は雑草を抜いてまた投げる。 毛玉はまたじっと僕の様子をうかがっている。
「 わかってるとは思うけどね。」
毛玉はそう言って肩らしいもりあがった辺りをわざとらしく揺すってみせた。
「うるさいな。森に帰れ。ばか。」
僕は空を見上げたままそう言った。毛玉はおかしな声で笑ってみせた。

見上げると、光の粒もあざやかに、秋の空が降ってくる。この同じ空の下に、僕の家や町があるなんてとても信じられない。地球が回っていて夜がきて、どこかでミサイルが飛び交ってるなんて、とても信じられない。

お腹の白い小さな鳥がくさむらに降りた。ちいさく羽ばたいて高い声でなにごとか鳴き、また飛び去った。鳥にだって生活があるのだ。虫をついばんだり。

「アイススケートってのは、あれはやっぱり寒いのかい?」
毛玉がまたそういうことを言う。
「寒いでしょ。氷なんだから。」
僕がそういうのをじっと見ていた毛玉は、むっくりと立ち上がって僕に背を向けてゆっくりと歩きだした。
「おーい。どこ行くんだ?毛玉?」
毛玉は振り返りもせずに「トイレだ。おトイレ。」と言ってまた肩をゆらしておかしな笑い方をした。

その日は毛玉は結局帰ってこなかった。僕もトイレに行きたくなったのでじき家に帰った。