シルバー


 

 シルバーという馬が僕にとってどれだけ大切な馬だったかということはシルバーを知らない人にはわからないだろうな。たてがみは針金みたいにぴんぴんだったし肩のあたりの筋肉は大陸プレートなみにぐんぐん動いていたもんだよ。躍動ってああいうことだろう。
 シルバーがいなくなった時のことは僕もよく覚えていないんだけど夕日に向かって荒野を駆けていったんじゃなかったかな。そうして地平線に消えて行ったんじゃなかったかな。僕は草原のぬかるみに残ったシルバーの足跡の水溜りを眺めて、そうして春の花なんかを見つけたんじゃなかったっけ。違うっけ。

 悪者のにおいをかぎつけることに関しちゃあシルバーを越える馬はいなかったよ。だいたい普通の馬なんてのん気でポックラしてるだけなんだ。その点シルバーはすごかったなあ。賞金首の銀行強盗がまたがった時なんて頑丈な電柱みたいな感じで一歩も歩かなかったものな。あれ、これも違ったっけ?シルバーじゃなかったっけ?それを保安官が見つけて、ヒゲをしごいてこう手を打って「ヤッハー。年貢のおさめどきだ。覚悟せいよ。」なんて笑って腕を広げて僕を抱えてくれたんだ。いや、あれは僕のおじいちゃんだったかな。僕の11の誕生日のことだったかなあ。
 おばあちゃんがフライパンをもって追い掛け回すもんだから保安官は腰を抜かさんばかりに大慌てだった。おばあちゃんのエプロンはいつでも真っ白だったなあ。でもなんでおばあちゃんは保安官を追いかけてたのかなあ。違ったっけ?まぬけなパン泥棒を追いかけてたんだっけなあ。おばあちゃんの黒砂糖のパンは街のコンテストで一等になるぐらいおいしくて有名だった。それをシルバーがちょっとずつかじったもんだから。あれー。かじったのはおじいちゃんだったっけなあ。

 シルバーが走る姿を見せたかったものだよ。シルバーは飛ぶように走った。最初は地面が張り板みたいに跳ね返って僕の足がかくかくしたよ。それからシルバーは僕を乗せて走ったなあ。

 ねえ。そんな不思議そうな顔することないよ。この世界でなにが起こったかなんてさ。みんな記憶してると思ってるだけさ。それはなくなったこと。いなくなった人。地面に落ちたボール。ホームランでもないしファールでもないんだ。それは終わってしまったボールなんだよ。わかんないかなあ。

 シルバーとね。踊った時は愉快だったなあ。優雅に身を寄せあってさ、街のお金持ちみたいに着飾って。そして僕はシンシアの耳にささやいたんだ。 「シンシア。ずっと一緒に暮らそうね。」シンシアの耳はとても小さかったなあ。シンシアは僕の手をぎゅっと握ってうなずいた。それからずっと一緒に暮らしたんだったね。

  川が流れてずいぶん水車を回した。草が伸び花が散って日が巡り、季節が繰り返された。うつろいの早さに僕は目がチカチカしたもんだよ。テラスの長椅子に座ってずいぶんいろいろな景色を見た。馬車に乗って手を振ってくれていたあの女の子も立派なレディーになって、今じゃずいぶん太ったみたいだよ。

  このテラスで僕はたくさんビールの栓を開けた。夕暮れを眺めながら栓を抜くとビールの泡で飛び出していくつも星になったもんだ。たくさんの言葉を交わしたね。シンシア。あれだけ毎日話をしたのによく話すことがなくならなかったもんだ。それとも毎日同じ事を話していたのかな。山を越えて帰ってこなかった赤鼻ディックのこと。汚いずた袋をかついで大股で歩いてさ。馬に乗って汽車と競争したってことずっと自慢してたっけ。
  夜の森に咲く白い花の話が好きだったね。ここで良い、ここが一番良い。なんて言ってたけど時々山の向こうをじっと見ていた。僕は知ってたんだよ。

  ここから見える景色もなにひとつ変わっちゃいないよ。僕は君にシルバーの話を何度聞かせたことだろうなあ。

  覚えているかなあ。シンシア。君と一緒に草原を駆けたなあ。あれだけ速く走れる馬はいなかったんだよ。シルバーは最高の友達だった。きっと君たちも友達になれるさ。ああ、間違いないよ。