名人
習慣化に失敗することにかけては、ベテランであるし、まあ名人と呼んでもらっても差し支えないぐらいの実績はある。
金魚が水槽の中でフラフラしているところを思い浮かべるわけだけど、人間も根っこの部分では水槽の中の金魚と同じで、何も目的なく口をパクパクしたり、まったくの思いつきで方向を変えてみたりしている。そこで何か計算とか判断が行われているのかどうかもよくわからない。
脳はそれらのよくわからない行動の一つ一つに頑張って理由付けをしているという話だけども、とにかくぼくの意思というのはそういうよくわからない気まぐれなロボットのコクピットに座ってる無力なパイロットのようなものだ。全然言うこと聞かない。
だから、ぼくが新しい習慣を作るに先立ってやるべきことは自分と和解することかもしれない。
てっきりぼくはぼくの肉体を支配しているつもりでいたけど、まったくそうではなかった。
ぼくはぼくの肉体を支配することはできない。新しい習慣を押し付けることもできない。肉体は意思の命令なんか聞かない。ぼくは思い違いをしていた。
他人だと思った方がいい。他人と共存してるぐらいに思った方がいいのかもしれない。
いや、子どもだと思った方がいいのかもしれない。
隅々まで気を配ってあげて、おかしなところがないか気にしてあげて。おだててその気にさせて、相手の言い分にも耳を貸して。
そうやって二人三脚で生きていくのが意思と肉体というものなのかもしれない。
そう考えると今までぼくはずいぶんと自分の肉体の人格というものをないがしろにして生きてきたような気がする。