ふんどしをしめなおす毎日であります。
こどもさんが4カ月を過ぎて、まだまだ赤ん坊だけどだんだんと意思を感じさせるようになってきた。
これまでされるがままで風呂に入れられたり、おむつを替えられたりぼんやり生きてた感じだったのに、「これをやりたい」とか「これはやりたくない」ということを表現できるようになってきた。
そして、おかあちゃんが視界から消えると30秒後に空襲警報みたいな声で絶叫する。何が起きたかと思ってびっくりする。小さい体で大きな声を出す。
こどもさんが生まれると、無条件にかわいくて愛おしくてまるで自分が生まれ変わったみたいに毎日がキラキラする、と聞いていた。人生が変わる。と。
生まれた瞬間に父親としての自覚が泉のように湧き出てきて感動すると聞いていた。
人間というのはたいしたものだなと思って、覚悟して待ち構えてた。自分にもなにかスイッチが入って、スイッチが入る前の自分のことがまるで他人に思えるぐらい変化するのかもしれない。
フリーザが第三形態になって「さっきまでとは別人だ!」って言われるみたいに、ぼくも父親という第三形態になるのかもしれないと思って、ちょっと恐れていた。
できればこどもさんと一緒に暮らして、たくさん知っていく中で好きになっていきたいなと思っていたので、いきなりスイッチが入って目の中に入れても痛くないって風になってしまうのはちょっとこまるなと思っていた。
だからいまのところ、なにかスイッチが入ってガラっと変わってしまうという様子もなく、こどもさんががんばって生きているのを毎日見ながら「おもしろいな」とか「根性あるな」とか思いながら少しずつお互いのことを知っていけているというのは良いなと思っている。
もちろん無条件の愛情というものもあるのだと思うのだけど。生まれてきてここに来てくれただけでも「すげえ良いやつだなおまえは」って思うんだけど。
ぼくのミッションはこのこどもさんを世の中に送り出すことなので、感謝しつつ、愛情をあふれさせつつ、ミッションを忘れないようにしようとふんどしをしめなおす毎日であります。