蟹の心
それはよく晴れた初夏のありきたりな一日であった。
というようなところから話を始める事ができたら僕も嬉しかったのだけど残念ながらそういうわけにはいかない。
それは一升瓶の底から小さくてまるい天井を見上げているような一日だった。
実際のところ「あそこから出れそうやねんけどなあ。」と思いつつ見上げていた丸い空は遠くて、背伸びをしてみてもとうてい届きはしないということは明らかだった。
歩き回っても無駄だった。
世界が丸いという事を確認できただけだった。
「とうてい出られる見込みはない。かといって死ぬ事もままならぬ。」
世界は絶望に包まれている。呼吸もおもうにまかせない。
僕が蟹であればもう少し楽な考え方もできただろうに。たとえば。
狂暴な鷹に狙われる怖れがなくなった。泡をプクプクしても誰にも嫌われない 。
好きなだけ泡をプクプクできるのだ。
プクプクプク。ぶつぶつぶつ。
なんだってよう。あんな野郎がいい思いしやがってよう。俺なんてなんにも悪い事してないのによう。なんだってよう。俺だけよう。俺だけがよう。あいつなんてどうせよう。
プクプク。ぶつぶつ。
「うるせいぞお。カニっこよお。ぶつぶつ文句ばっかり言ってんじゃねえぞお。」
なんて通りすがりの魚っこに言われることもないのだ。
こうやって小さな小さな空を見ながら思うだけ泡をはいて暮らすんだ。
「うるせいぞお。文句ばっかり言ってねえでよお。もっちと自分で考えろや。」
魚っこめ。そんなことはわかっておるのだよ。プクプク。 (K)