GPT5がすでに用意されているみたいなんだけど、どういう方向に進んでいくんだろうな。
UXみたいな方向と知能みたいなやつがより高度になる方向とふたつあるような気がして、GPT3.5とかに触れた時はUXを工夫すればいろいろおもしろいぞーってなんたんだけど、GPT5とか6とかになるとそういう小賢しいUXの改善なんかをぶっちぎって全部ひっくるめて賢いっていうやつになってそうなのでちょっとやる気なくす。
例えばGPT3.5のAPIをふたつ連結して処理階層を分けるとか、二つのAPIで討論させつつ三つ目のAPIが要約を作り続けるみたいなものは作れると思うけど、そんな人間の工夫に意味が残る程度には不便な道具であってくれるのかあやしい。
だからTransfomerの解説とかを、ほとんどわからんのだけど読んでみたりしているわけです。どこまでいくのか、どこまでいけるのかの気配を知りたい。
でも、知能を持つように振るまう原因というかポイントは仕組みを作ってる人にもあんまりよくわかってないんじゃないかと思う。なんでかって言うと、知能を持つはずのないものが知能を持つような振る舞いを見せているからなんだと思う。
因果とか理解してないのにまるで理解してるように振る舞う。要点とかキーワードをメモリーしておいて各単語同士の距離を計算したり重みをつけたりした大量の学習データを元に、基本的には次の単語を予測してるだけなのにそれはあたかも知能のように振る舞う。
人間の知能もこんなもんだ、って気付いて作ったのだとしたら天才というか、すごい洞察力だなと思う。情報処理の技術と生物学とか人間の知能を客観的に評価する能力。でも、偶然のような気もする。
これまでのぼくの日記を分析すれば、ぼくの文章の癖とか、文体みたいなものはすぐに模倣できると思うんだけど、思考パターンみたいなものも分析できそうなきがする。
文章を書くときの思考パターンだけではなく、ぼくという生き物の脳みその動きのパターン。それはもしかしたらすでに固定されていて、インプットが同じであればアウトプットはまったく固定されたものがでてくるような気がする。
そいつがいわゆるクローンというものであるのかもしれない。生物的なクローンではなく情報処理の器官をクローンするもの。
そうすると一つの形の不死ということにはなるだろうし。自分とは何かみたいな話になってくるような気がする。
AIがもたらす問題は、社会の変革ではなく人間のアイデンティティというか、種としての尊厳みたいなものを揺るがすということになるのかもしれない。その場合必ずでてくるのが宗教だ。AIを否定するものはでてくる。それは宗教法人みたいな形ではないのかもしれない。例えばLINEみたいなサービスを提供する企業がその役割を果たすことになるかもしれない。
もっとシンプルにいまからAI排斥教団みたいなものを作っておけば10年後ぐらいに大きな影響力を持てるかもしれない。悪だ。