良い時間
ふたりめのこどもさんが産まれたましたため、しばらく在宅勤務が続いています。
在宅勤務だと、上のお子さんと接する機会が増えて、ああたいへんだこりゃと思うこともあるけれど、たのしい時間を過ごさせてもらっています。
4歳というのは、摩訶不思議な年齢だと思います。全然世界のことがわかってないのに、さもわかっているかのように振る舞う。
でっかくなったし。よくしゃべるし。でも全然こどもです。不思議な人だ。
うんちが大好きだしな。
ぼくは高校生の頃、ぼくが毎日を過ごしているこの高校生活というものは、きっと大人になったらたのしかった時期として思い出す貴重な時間なんだろうなと思いながら生活していました。特殊な時間なんだろうなと思って、できるだけたくさん覚えておこうと意識して生きてたように思います。
いま4歳の子どもを見ていて、同じような感覚を持つ。今のこの毎日というのはきっと後で思い返して「あの時は良かったなー」って思うんだろうな、と思いながら子どもや奥さまと一緒に生活をしています。
きっとそれは間違っていないだろうし、でもそれほど正解でもないのかもしれないと思う。
高校生の時はたのしかったけど、今だってそれなりにたのしいし。あの頃の記憶だけを頼りに生きてるってわけでもない。
奥さまと、たまに、こどもがもっと小さかった頃の話をします。あの時は、かわいかったねえ。って言って写真とか見て思い出したりしてるんだけど、今もしっかりおもしろいしな。だから、別にそんな子どもの小さい今を見て感傷的になることはなかろうよ。良い思い出は良い思い出としてたまに振り返るだろうけど、そんな頻繁に写真を引っ張り出して眺めるほど未来もそんなに暇じゃないだろう。そうであれば良いなと思う。
それはそれとして。子どもの日常を、見ているぼく自身のことをこうやって記録しておこうとは思う。全部忘れるだろうからね。
そういうわけで、上のお子さんは、最近ダンス教室に通っています。どちらかというとヒップホップ風のダンスじゃないかと思う。社交ダンスとかではなく。
幼稚園のお友達が行っているという理由で通っているのだけど、1時間ダンスをやってる姿を見ているとまあ、我が子ながら圧倒的に集中力がない。ダンスに全然興味ない。まわりの子どもたちがやってるから、よっこいしょーよっこいしょーって同じ感じの動きをしているけど、ダンスというものにまったく興味を持っていない、ように見える。
あーあー、もっとちゃんと先生の動きをみてほら、新しい振りを教えてくれてる時ぐらいはこっち向いてないで先生の方を見てほら、あー、なんで今、鏡にへばりつくかなー。みんな踊ってんじゃんかーっていろいろ思いながら涼しい顔をして見てる。終わったら「たのしかった?」って言って「たのしかった!」って言うのを聞いて、そうかそうかよかったね。じゃあ帰ってごはん食べようって言って二人で自転車で家に帰る。
夕方の空はまだ明るいし、涼しい。「夏はいいねー」「ほんとだねーいいねー」「夕方って気持ちいいよねー」「いいよねー」って二人で言いあいながら帰る。
ほら、やっぱりな。
こんななんでもない日常の、なんでもない時間が良い時間で、それは確実に全部忘れてしまう。
このなんだかたのしかった時間が、ぼくの記憶の中からきれいさっぱりなくなってしまったとしても、こどもたちが成長するそのどこかに、野菜を育てる時の肥料みたいな感じで、すこしでもわずかにでも生かされていれば良いなと思う。