海賊志願

2018年9月23日

14:23 00/05/30 仕事中である。暇なのである。思うにである。
ジェイムス・ボンドとかブルース・ウイルスとか言う人達はいつも悪者と戦ったり、地球を隕石から守ったり美女と戯れたりしてなんだか人生充実してそうなのだ。
なんで僕は一向に悪者とは戦わないし、地球の危機は見逃すし美女は遠くから眺めるだけという人生をおくっているのだろうか。
インディ・ジョーンズは数々の冒険に飛び込み、宝物やなんというか人生に興奮を得た。そうして年老いた。
いくつか活躍は拝見させてもらったけれど「あの人よく生きてるなあ」と感心するほど危機一髪の連続であった。
平和な町で静かに暮らしていながら車にぶつかったりして人生を終える人もいるというのになんというか不公平ではある。
もちろんそんなものなのだけどね。
ということで人の人生というものについて考えてみたい。人が生きると書いて人生である。なんせこれ、深い。

ブルース・リーが人生の目標としていたのはおおむねの所「復讐」であった。
たぶんね。よくしらない。世代が違うのである。
ジョン・レノンは平和と愛のために生きていた。
違うんである。あの人は「世界が愛と平和に満ちていたらいいのになあ。」と思っていたという話なのだ。そのぐらいのことだったら僕だって思ってる。
「バカがみんな死んじゃえばいいのになあ。」平和になるのに。僕は現実的なのだ。

僕は中学生のころは海賊に憧れていた。海賊。なんというか自由だ。
なぜ海賊に憧れていたかと言うと映画の影響なのだ。なぜかそのころ海賊映画が頻繁に放映されていた。深夜放送のテレビでである。海賊映画というジャンルがあるのだ。
海賊と言っても今の東南アジアのもじゃもじゃの海賊ではない。ジャッキーチェンがプロジェクトAで戦った海賊は下品でなんというかよくなかった。理想の海賊というのはもっとのんびりしているのだ。「エイホー、ラム酒が3000本。」という世界である。
わかってもらえるだろうか。
晴れた日には釣りをするのである。そしてレモンをかじる。うーむ。いいなあ。

なんの話だっただろうか。人生の話ではなかっただろうか。
残念ながら海賊への道はあきらめざるを得なかった。
人工衛星が大気圏のちょっと外でぐるぐるまわっているかぎり逃げ切れないのだ。夢のない世界になったものだ。
昔は良かった。スペインが無敵艦隊をひきいて海上を制覇していた時代である。えらい昔のことではある。
そしてイギリス政府は海賊を支援していた。スペインをやっつけるためのゲリラだったのだ。
その時代の海戦というのはのんびりしたものであった。「エイホー、ラム酒が3000本。」の世界なのだ。
船はその構造上横からしか攻撃ができなかった。お互いに相手の弱点である側舷に大砲を撃ち込もうとぐるぐるまわるのである。そしてえいやと撃つ。たいていはずれる。そうしてまたぐるぐるまわる。そのうち船員たちも飽きてきて酒を飲み出す。なんせ操舵手と大砲係り以外は暇なのだ。
最初はあいての玉があたるのではないかとハラハラしてるけど「ああ、こりゃあたらんわ。」という風に安心してしまって最終的には「エイホー、ラム酒が3000本。」ということになる。どっちにしても相手も似たような事になっているので「まあいいか」なんて感じでそのまましらんぷりして離れていったりして。

誰だって神様も見逃すような大海原のまんなかでなんて戦いたくはない。そういうわけで海賊というのはすべからく平和な仕事なのである。

 (一部修正)